日本の建設業の歴史 2
徳川幕府の成立により、江戸は急速に大都市として成長しました。
全国の大名屋敷や商店などの膨大な建築工事を手がける大工の棟梁の中には、一括して仕事の完成を約束する"請負"をおこなうものが出現します。
江戸中期のことでした。
同じ頃には築堤や架橋のような土木工事にも請負方式が取り入れられるようになっています。
このようにして発生した請負人が現在の日本の建設業のルーツです。
現在の大手建設業者の創業年代と、創業時の専門職種を示したものをみると、大手企業の多くが大工の棟梁→請負人→近代的建設業の過程を踏んでいることがわかります。
明治期に入ると、西欧の近代的建設技術や制度が日本に導入されます。
それまで日本家屋の請負をおこなってきた大工の棟梁のうち、意欲的な者は西欧の技術を積極的に学び、西洋建築を手がけるようになります。
2代目清水喜助(清水建設)は慶応3年(1867年)に本格的西洋建築である"築地ホテル館"を一括請負で完成させています。
また、鹿島建設の創業者である鹿島岩吉も外人居留地において"英一番館""アメリカ一番館"など多くの洋館を一括請負方式で建築しています。